一章4

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渡は高校生になった。高校では長距離走の陸上部に入り、友達もできた。

変わらず時々広場に行って、モコを連れ去ったおじいさんに会えないか探したが、手がかりはどこにもなかった。一年生の間は、散歩をしている人がいればモコの写真を見せてたずねたりしていたが、誰に聞いても、そんなおじいさんも猫も知らないという答えだった。

そんな日々が続いたためか、高校2年生になる頃には、おじいさんを探すこともやめてしまった。でも、家の窓に猫を見かけると、モコじゃないかといつも確認してしまうのだった。

モコの一件があって以来、渡はのら猫をみかけても、近づかないようにしていた。

(もうあんな思いをするのはごめんだ)

ペットショップで猫を見ても、過去に何もなかったかのように、できるだけ静かに眺めるだけだった。

 一方写真は一人で黙々と続けていて、高校の帰りひとり寄り道して撮りに行ったり、近くの海を撮ったりしていた。朝日の写真や夕焼けの写真を撮るのも好きだった。季節や太陽の位置の違いによって、いつも少し違って見えて、刻々と変化していくのが気に入っていた。

 動物を撮るのも相変わらず好きだった。海鳥や近所の鳩の写真、それから散歩している犬や動物園の写真を撮ったりしていた。そのうち、写真越しなら、野良猫にも、少しは近づけることに渡は気がついた。

それからというもの、野良猫の写真もよく撮るようになった。でも、やっぱり、前みたいに友達になれる自信はなかった。

 雪村さんとは、モコが連れていかれてからというもの、連絡をとらなくなった。彼女のことを思い出すこともあまりないまま、高校生活を送っていた。

大学受験が近づいてくると、渡は進路について考えることが増えた。進路はなかなか決まらなかった。そんなある日、渡は参考書を買いに書店にいった。ふらふら店内をあるいているうちに、参考書じゃなく、写真集のコーナーにきていた。

ふと一冊の動物の写真集が気になって、手に取った。ぱらぱらとめくると、どの動物たちも生き生きしている。動物の写真集はいくつかもっていたが、渡は不思議な高揚感につつまれていた。

(そうだ、動物の写真家というのはどうだろうか?)

難しいかもしれない。だけど、面白い思いつきだと思った。生き物にかかわる仕事をしてみたい。もしかすると、モコの一件がずっと、心にひっかかっていたのかもしれない。

渡は家に帰ると、動物関係の仕事を探した。獣医、自然保護官、動物学者、環境コンサルタント、動物カメラマン……。

 将来のことは難しかった。色々希望を描いてみても、結局は普通の企業に就職するのかもしれない。それとも、もっと別の仕事をしてみたいと思うのかも……。

 色々考えて、渡は、ある程度将来の選択肢を持たせられるような、環境学部への進学を希望することにした。

 受験勉強は大変だったが、志望の学部がはっきりして、行きたい大学も決まってくると、自然と勉強にも身が入るようになってきた。クラスメートと、自習室や図書館にこもって勉強を続けた。

努力の成果あってか、滝寄大学の環境学部 生命生態環境科学科の受験に合格した。

合格の喜びはひとしおだった。渡はうきうきした気持ちで、入学式を迎えたのだった。

入学式が終わると、あたりは新入生でにぎわいかえっていた。多くの在校生が、サークルの勧誘をしている。

そういえば、サークルのことは特に考えていなかった。渡は、勧誘のチラシを一枚受けとると、それを見た多くのサークル部員たちが次々にチラシを渡してきた。

「バレーボール好き? この大学は体育の必修ないよ? 運動する機会も減ると思うから、ちょうどいいと思うんだ。週三回! 楽しいよ!」

「キャンプサークル、カリーカルンカです! 新歓コンパあるから、是非来て! 参加無料だから!」

どのサークルも新入生の獲得に必死だ。入学案内を見てみると、どうやらサークルの数はかなりのものだ。

こんなにたくさん勧誘されるとは思わなかったのでびっくりしたが、もらえるチラシは全部もらっておいた。気になるのがあれば、入ってみてもいいかもしれない。

 ふと、少し離れたところに、カメラをぶらさげた人たちが数人、新入生の女の子を勧誘しているのが見えた。どうやら写真サークルのようだ。

「君、新入生? 写真サークルなんだけど、おもしろいよ。うちのサークルは探検がモットーの少し変わったサークルなんだ。旅行とセットで撮影会をやったりしてる。探検写真サークル、ポルロイド・ストロール! よかったら説明会きてね」

 そっか、写真サークルもあるんだ。写真の腕前をあげるのにいいかもしれない。

渡はチラシをうけとりにいこうと、そっちの方へ歩き出した。

 その時、渡に衝撃が走った。

勧誘されている女の子の後ろ姿……どこかで見覚えがある。あの芋っぽい服装、渡と似たくせっ毛……見覚えがあるどころじゃない! あの子は雪村まりんじゃないか?

 ふと、女の子がこちらを向いた。まるで時間がゆっくりになったようだった。

渡に気がついて、驚いた顔をしている。

もう間違いなかった。

彼女は雪村まりんだった。

2章1