1章 モコと渡
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ふわふわの白い雲の中から、小さな家が現れた。
はるか未来。
空に浮かぶ小さな家の部屋の中で、兄妹二人が海底ピラミッドの発見について話し合っていた。
海の底に、ピラミッドの扉が見つかったのだ。
この発見は人類史上初めてのもので、さらには、とても奇妙なものだった。
栗色の髪、毛先が少しはねたショートボブの、青灰色の瞳の若くてかわいい女性が、ティーカップを片手に壁を見た。ニュースが壁に映し出されている。女性はニュースを目で追うと、わくわくした様子で読み上げた。
「今回発見された海底ピラミッドは、北太平洋沖、水深2111mの深さに位置しています。わずかに突き出た頂上から、ピラミッドの形状と予想されるこちらの建造物は、しかしながら全体の大きさは把握できていません。その建造物をとりまくように、球状のワープ不能地帯が存在するためです」
女性はニュースから目を離さないようにしながらも、ティーカップを口に運んだ。
「調査の結果、海底にある扉が、ピラミッドの頂上に位置しているものとわかりました。扉の大きさは縦4メートル、横2メートルと巨大なもので、中央左に開閉ボタンが設置されています。このボタンは扉全体を乾かした後にのみ、反応するようです。
世界海底研究所はこの扉を開けるため、乾燥状態を作れる装置を早急に開発中であり、環境適応型潜水艇にこの装置を取り付ける計画となっています……か。
ねえルーキオ、中に何があると思う? お宝があるのかな?」
すると、ルーキオと呼ばれたすらりと大きな灰色のオオカミ男が、鏡越しにこたえた。
「さあな。気になる点はたくさんあるが……」
「何が気になるの?」
「一つめは、乾かさないと開かない扉。そりゃ周りは海だから、内部が空気で満たされているとしたら、水のない空間を作らなけりゃいけないんだろうが、なぜわざわざそんな場所にピラミッドを作った?
二つめは、全体はどれくらいの大きさで、中はどうなってるのか、ということ。そして三つめは、いつ誰が、どのように作ったのか? ということ」
「謎ね」
「ああ。仮に沈んだのでないとすれば、今の技術をもってしても海底にピラミッドを作るのは至難の業だ。海底に——誰が、なんのために?」
「ほんとに。街じゃこのニュースでもちきりよ。ねえお兄ちゃん、気にならない? 私、とっても気になっちゃって!」
「気にならないって言ったら嘘になるな。俺たちにも、地球で知らないことがまだまだあったってわけだ」
「ええ。——ね、私たちで一足先に確かめてみるっていうのもありかもね」
「ニュウ!」
テーブルの上にいた、リスのような、ぽにょぽにょしたまるっこくて白い生き物が返事をした。
「ほら、グニュウも行きたいって!」
「だけどネルル、どうやっていくつもりだ? 許可が降りないぜ」
「う~ん……。ポコルンに頼んでもだめ?」
「おそらくな。そもそも手段がないし、遺跡の周りは厳重に警備されてるだろう。世界海底研究所でさえ、今必死になって装置を作ってるところだ」
「そっかあ……」
ネルルは残念そうに紅茶を飲んだが、突然ひらめいたらしく、ニコッと笑った。
「いいこと思いついた! その船の乗組員に立候補するっていうのは?」
すると、オオカミ男はニヤッと笑った。
「それだ! グニュウもつれていきたいな」
「そうしましょ! 中がどうなってるのか、今から楽しみだわ!」
ネルルはわくわくした様子で、テーブルの上にカップを置いた。それから、カップの中をのぞき込んでいるグニュウをてのひらの上に乗せると、頭をなでた。
時野戸 渡(ときのと わたる)にとって、こんな会話がはるか未来で繰り広げられているなんて、これまでの人生でただの一度も、想像だにしないことだった。夢でさえみたことがない。
この未来人たちと関わりあうことになるなんて、とても信じられないことだ。
だが、現実というのは奇妙なものだ。
不思議なめぐりあわせによって、彼らは出会うことになるのだった。