5章 2

「過去の人物の渡と、どうして私が結婚してるの? ——それで、結婚って何?」

「さぁ……」と、ルーキオ。

「古代日本における結婚とは、血縁関係のない男女が、生涯にわたり共同生活をすることをいいます」

「共同生活? なにそれ、面白そう! ——でも、なんのためにするの?」

「どうやら、結婚する男女は恋愛関係にあるようです。この関係は、古代日本人に関わらず、旧人類全体にあった、種族保存のための制度のようです」

「それならわかるわ。今はもうだいぶ廃れたけど」

ルーキオは、渡の顔をのぞきこんで笑った。

「おい、渡のやつ、赤くなってるぜ!」

「うるさい」

こんなこといきなり聞かされて、恥ずかしくならないわけがなかった。

「で、でも、君たちって恋人どうしなんじゃないの? 同じ家で暮らしてるみたいだし」

渡がそういうと、ネルルとルーキオは顔を見合わせて、すぐにはじけるように笑い出した。

「ふふっ! あははは!」

「はっはっはっ! こりゃいい!」

ルーキオとネルルは思う存分笑うと、渡に向き直った。

「こりゃ失礼。ちゃんとしたあいさつが遅れたな。俺の名前は、ルーキオ・ポログレイン」

「それで私が妹のネルル・ポログレイン。つまり、私たちは兄妹だってわけ!」

ルーキオは、やけにしかつめらしい顔を作って、渡を見た。

「やい! お前は妹を幸せにできるのか? なーんちゃって!」

渡は、あまりに話が勝手に進んでいくのでとまどった。それじゃ、雪村さんとはやはり結ばれないってことなんだろうか……。

「ちょっとまって! そのデータって、どこまで正しいの?」

「——と、いいますと?」

「さっきルーキオがいってたじゃない、過去・現在・未来は常に流動している可能性があるって。じゃあ、結婚しないって未来もあるんじゃないの?」

 すると、ルーキオは顔をしかめた。

「なんだ、ネルルと結婚したくないみたいな口ぶりだな」

「そういうわけじゃないけど……」

 焦ってネルルの方を見た。なんだかしゅんとしている。

 ポコルンが、みかねた様子で間に割って入ってくれた。

「渡様の話されていることは間違っておりません。

確かに、こちらのデータが完全に過去を規定するものではないのです。

あくまで情報から推測される仮定のデータであり、確定事項ではありません。

つまり、結婚しないという可能性も十分あるのです」

「まあな。むしろ本来はその方が自然ともいえる。普通ならあり得ないことが起こってるんだから」

 ルーキオはまたあごに手を当て、考え考え、話を続けた。

「だが一方で、可能性がないわけでもない。なにしろ現におまえはこうして未来へ来て、普通なら会うことなど考えられないおれやネルルと出会っているんだからな。

……ふむ、どうやら謎が一つとけたぞ」

「どういうこと?」

 ネルルは、ワクワクした調子でたずねた。

「つまり、この出会いが鍵だったのさ。お前たち二人が出会い、結婚する未来の可能性を持たせること……そのこと自体が、なんらかの意味をもっているんだろう。普通なら出会うはずのない二人が出会った。それも、何者かによってこちらへ送られて、だ」

「ええ」

「たしかに」

「つまり、送り込んだ何者かは、二人の結婚を目論んでいる可能性がある。その結婚が意味するところまではわからないが……」

「そのことについてですが……」

 ポコルンが、震える声で言った。いや、そうではない。今気がついただけで、ポコルンの声はさっきからずっと、ぶるぶる震えていたのだ。

「どうした? ポコルン」

「驚くべき発見は、まだあるのです。略歴ではなく、家系図の一番下をご覧ください」

「わかった。——やけに長いな」

家系図には、はっきりとはわからないからだろうか、ピクトグラムのような人物の絵と、その人物の名前がそれぞれ書いてあり、幾代にも渡って長々と続いていた。

「一番下ね……これだな。えーっと……トルー・ルゴトー……? この名前、どっかで聞いたような……」

ルーキオとは反対に、ネルルはすぐに気づいて、あっ! と声をあげた。

「トルー・ルゴトーって! その人って……!」

「そうです! トルー・ルゴトーは、ネルル様が先ほどお話されていた、旧人類最後の生き残り。つまり、ポコルンのモデルとされる5体のロボットを制作し、現代までつながる生命の生み出すきっかけをつくったお方であります。

 そして、このデータによれば、何を隠そうこの人物は、ここにいらっしゃるネルル・ポログレイン様と渡様の、直系の子孫なのです!」

 3人は驚きのあまり、ポカンとその場につっ立っていた。

ポコルンの驚きとはこのことだったのだ! 

だけど、こんなことってあるだろうか? こんな不思議なことって?

「どうされましたか?」

 ポコルンが、3人が石のように固まっているのを見かねていうと、ルーキオはようやく我に返って、乾いた笑い声をあげた。

「ははは……そんなばかな。こいつらの子孫が、前の人類最後の生き残りだ? だが……」

 ルーキオは、また家系図に目をやったっきり、じっと動かない。

「見せて!」

 ネルルがルーキオの手から家系図を奪い取った。渡もネルルのそばによって、家系図を下まで見た。確かに、帽子をかぶったピクトグラムの下に、トルー・ルゴトーの名前がある。ルーキオも頭を寄せて、その名前をじっと見た。

「——こりゃ驚いたな。にわかには信じられないが……あり得ないことじゃない。しかも、これがほんとなら、すべてに納得がいく」

「ええ、そうね。ようやく合点がいったわ。つまり、人類復活のためってことでしょ? どこのおせっかいな未来人だか知らないけど、私たちを結婚? させようとしているのは、間違いないようね」

 ネルルは、まるで友達のように恥ずかしげもなく渡と肩を組むと、柔らかい髪の毛を、ぎゅっと頭に押しつけた。

「ちょ、ちょっと!」

「ふふ、ごめんごめん!」

 ネルルはいたずらっぽく笑ってパッと離れたので、渡は少しほっとした。

「おいおい! おせっかいだなんてとんでもないぜ! 

なにしろ、そいつのおかげでおれたちは出会うことができたんだからな。

そして、この出会いこそが生命の奇跡的な復活にまでつながっているんだとしたら……。

こいつはすごい! 大発見だ! ポコルン、でかしたぞ!」

「ありがとうございます」

「ほんとにすごいわ、ポコルン! だって、トルー・ルゴトーについては、名前だけしかわかってなかったもの。そこに渡が来てくれたおかげで、ミッシングリンクが埋まったのね」

「ニュウ!」

 グニュウは、褒め称えるかのようにばんざいした。

確かにすごい発見だと、渡も思った。素直に喜びたかったが、当事者である分、なんだか緊張してきた。自分の子孫が人類最後の生き残りだとして……ある一つの考えが、渡を捕らえた。

「素晴らしい発見だと思う。だけど、気になることがあって……」

「なんだ?」

喜びに水を差すようで、渡はちょっとためらった。だが、どうしても聞いておかないといけない気がした。

「仮の話なんだけど……。じゃあ、もし仮に、結婚しないとしたら……君たちは、存在しなくなる?」

 すると、ルーキオは難しそうな顔をした。

「そう、そのことを考えなきゃな。……パラドクスのようだが、おまえがネルルと結婚せずに死んでしまったり、ネルルと結婚しないことが確定した時点で、俺たちの存在は消える可能性がある。

それか、世界が分岐し、パラレルワールドが発生するとか……。

だが、そもそも違う誰かがロボットを開発しないとも限らないし、なんとか生き延びた生命から、再び多様な生命が復活しないとも限らない。過去が未来にどう影響しているのかは、不確実な要素が多すぎるんだ」

「ま、とにかく、私たちは仲良くしとけばいいってことよね?」

ネルルはあっけらかんとした調子で言った。

「そういうことだ。ところで、今の話でひとつ気になることがある。場合によっては、タイムマシンを用意してもらわないといけないな」

「タイムマシンを? いつの時代にいくの?」と、ネルルがたずねた。

「過去だ。それも、渡が来た直前だな。渡を送りこんだ占い師に、直接話を聞きたい」

「どういうことです? 完全には理解できておりませんが……」

「そうだった、ポコルン。詳しい事情までは話していなかったな。え~っと」

 ルーキオは、渡が占い師に飛ばされてこっちに来た成り行きを、詳しく話した。

「なるほど……そのようなことがございましたか。その占い師……おそらく未来人の動機を、直接、かつ確実に突き止めたいと」

「そうだ」

「ですが、さっきおっしゃっていた通り、ネルル様と渡様を出会わせることが目的なのではないのですか?」

「そう、おれもそう思ってた……ついさっきまではな。だが、よくよく考えてみると、それだけじゃない気がする。不審な点が多すぎるんだ。おかしいと思わないか?」

「——と、言いますと?」

「つまり、こういうことだ。まず、渡の話を聞く限り、渡が占いの建物に入ったこと自体が偶然だということ。渡を確実にタイムマシンで送り込みたいのなら、もっと別の方法をとっていいはずだ」

「確かにそうですね」

「次に、渡になんの説明もしていなかったこと。普通はネルルと出会う必要性なんかを、ちゃんと説明するはずだ。歴史的にも重要な出来事なんだからなおさらだ。

なぜそれをしない? おれが渡を気にして自転車から降りなきゃ、渡は今頃未来で迷子だぜ」

「ほんとね」

「そもそも送り込むのなら、俺たちがお茶でも飲んでいる時でよかったはずだ。さらに、俺たちがセンターに来るとも限らない。あまりにも不確定な事象に、事態を預けすぎている」

「言われてみればそうだね」と、渡もうなずいた。

「だろ? 事の重大さを考えれば考えるほど、なおざりさが際立つんだ。渡を送り込むだけで一緒に来ることもしないだなんて……。さらに、タイム管理部の制限から外れているらしい高度なタイムマシンの存在……。こいつぁ何かあるぜ」

「なるほど。理由はわかりました。それでは、こちらでタイムマシンの申請をいたしましょう。具体的な日時と場所、何個、何日分必要でしょうか?」

「渡、頼む」

「うん」

 ルーキオは、ちょうどテーブルの上にあったメモ用紙とペンを持ってきた。渡はそれを受け取ると、場所と時刻を思い出そうとし始めた。

「時計を見たから時間はわかるよ。八月二十日の8時2分だ。場所は木途隠町の近くのはず。でも、すこしあやふやかも……」

「それでしたら、場所はこちらで検索をかけます。目的地の近くでよろしいですか?」

「それがいい。人目のつかないところで頼む」

「かしこまりました。こちらでも検証をかけますが、時刻は、余裕をもって30分以上前を表記してくださいませ」

「わかった」

 渡は、木途隠町の大体の住所と、時計で見た時刻の40分前、7時22分前の時間を書き込んだ。

「個数と日数はそれぞれどうされますか?」

「そうだな……ある程度向こうの様子もみたいから、一週間分が3つ、渡が例の建物に入る20分前……うん、それで頼む」

「かしこまりました。後ほどタイム管理部に伝えることにします。認可が下りましたら、いつも通り、こちらでお届けにまいります」

「ありがと、ポコルン」

「ルウ!」

 グニュウも、ポコルンにお礼を言ったらしかった。

「それで、これからいかがなさいますか? 時間部を含め、センターにはまだまだたくさんの部署がございますが……」

 ポコルンは、まだまだこれから、といわんばかりだった。

「せっかくだけど、今日はもういいわ。かんじんなことはたくさんわかったわけだし」

「そうだな。だが、渡のことで、気がかりがあるんだ」

「なに?」と、渡が聞いた。

「だってお前、変身能力を身につけててないだろ? 生命復活のカギだとしたら、体を強くしておいて損はないと思うが……ポコルン、どう思う?」

「確かにそう考えるのは普通です。ですが、変身能力は、過去では行われる可能性がないもののはず……。渡様の遺伝子に手を加えることは歴史的にみて不自然なことで、かえって不都合な事態をまねきかねません。さらに、そもそも新人類の生体と違うため、遺伝子変化がどのように作用するのか、不明瞭です」

「そうか。まあ、できないのなら、かえってはっきりしたな。気をつけて生活する、ということだ」

「そうですね。さしあたってこちらの衣服を着てください。けがや病気を防ぎ、健康体を維持していただけます。センターとの情報共有も勿論可能です」

 ポコルンは、体から上下分の服を取り出した。

「それなら、家に何着もあるわよ」

「こちら最新型でございます。ひとまず、お持ちくださいませ」

 ポコルンは、熱心に渡に持たせようとした。断る理由もないので、渡は服を受け取った。

「ありがとう」

「じゃあ、そろそろ帰るか。帰りはどうする?」

「列車に乗りたいわ」と、ネルルが言った。

「それでは、ポコルンが列車をお呼びいたしますね」

 ポコルンの体の中で、ピコピコと音が聞こえた。これで列車を呼んだんだろう。

「搭乗手続きが完了いたしました。到着まであと3分。こちらでございます」

ポコルンが再び動き出した。渡たちはその後をついていった。

創造部を出て、再び建物の一番外側のカーブした通路を歩いていくと、ひときわ大きな卵型のガラスが見えた。

ポコルンの体から、またピコンと音が鳴ったかと思うと、巨大なガラスが徐々に横にスライドして、やがてすっかり開いた。

しばらくすると、ネルルの家で見たのと同じの巨大な白い列車が、窓の横を悠々と横切った。

「列車が参りました」

列車は徐々にスピードを落とし、3両目でぴたっと止まった。列車のドアが開いたかと思うと、そのドアから手すりつきの通路がニュッと伸びてきた。通路は卵型の窓を通って、こちらの通路の床にどんと乗っかった。

「いろいろ助かったぜ」

「うん。ポコルン、ありがとう」と、渡はお礼を言った。

ネルルは、まるで今生の別れかのように、ポコルンにとびついた。

「ほんと、ありがとね、ポコルン。グニュウをまた連れてくるわね」

「はい。またタイムマシンをお届けいたします。みなさま、お元気で……」

「ウル……」

グニュウも別れの挨拶をした。その時、列車の前の方からアナウンスが聞こえた。

「まもなく出発いたします。搭乗予定の方は、お早めにご搭乗くださいますよう、よろしくお願いいたします」     

「早く乗れってさ。おい、ネルル、いくぜ」

「うん」

 ネルルはようやくポコルンを離したかと思うと、今度はすばやく渡の手を握った。

「えっ?」

「落ちたら大変でしょ?」

 ネルルは渡を見もしないで手を引っ張っていくと、そのまま列車に乗り込んだ。

車内に乗り込んだとたん、ネルルはパッと手を離した。

ルーキオが最後に乗り込むと、列車のドアがスーッと閉まり、手すりつきの通路も縮んで、列車の床下あたりに収納された。

 ネルルはドアの窓に近づいて、ポコルンに手を振っていた。

「出発いたします」

アナウンスが流れ、汽笛が鳴った。

空飛ぶ列車は3人とグニュウを乗せ、ぐんぐん走り出した。

  6章 1